島の西海岸、都志港近くにある「割烹 はと」。1897年初頭、この地で料理宿として創業し、120余年を迎えた。檜のカウンターの中に立つのは、5代目店主・吉田忠司さん。かつて大阪・ミナミにあった日本料理「川富」で修業。家業を継ぐと同時に、完全予約制の割烹へと大きく舵を切り22年目。その腕の確かさは、煮物椀を味わえば瞭然だ。
口のなかで膨らむ、深いコクと香り、心安らぐ余韻。だしの底味にあるのは道南産の真昆布。ゆっくりと火にかけて旨みを引き出したところに、常に削りたての指宿産カツオ節(本枯節)を打つ。「南あわじの『センザン醤油』」の薄口醤油で仕上げています」と吉田さん。清らかで深い味わいの一番だしと、都志港揚がりのワタリガニを用いた真薯の滋味が、口の中で溶け合う。
「食材はもちろんですが、調味料一つをとっても、できる範囲で淡路島のものを」と吉田さん。向付「鰆の塩タタキ」は、脂のりが良い鰆を、稲のワラで軽く炙る。味の土台には、地元・五色浜で鉄釜と薪火で炊き上げる「自凝雫塩(おのころしずくしお)」の結晶塩を。尖りがないまろやかな甘みが、鰆の脂のクリアな旨みを一層、際立たせている。「今日の鰆は、福良の釣りものです」と言うように、片道40分かけて福良漁港に出向く。その仕入れは、鳥飼漁港や都志港の馴染みのある魚屋でも。「毎日、仕入先で食材を手に取りながら献立を考えます」と吉田さん。この日、仕入れた厚みのある鮑は、大根をのせて蒸し器で3時間。身はすっと歯が入る柔らかさ。煮汁の最後の一滴まで、淡路島の豊かな恵みを余すところなく味わい尽くしたい。
強肴には淡路ビーフの炭火焼が供され、また新蕎麦の時季には吉田さんによる手打ちの蕎麦が登場することも。「ちょうどえぇところで食べ終わっていただける加減を大切にしています」とにこやかに話す。
素材の持ち味を生かす日本料理の基本にあくまでも忠実に。「季節ごとの淡路にしかない魅力を感じてもらえれば」。正統派でいながら一本、芯の通った料理の数々はもとより、物腰の柔らかい吉田さんの人柄を知れば、次の予約を取って帰りたくなるに違いない。