「親父が仕留める由良の魚介を、料理として出すのが夢でした」。
洲本にある地魚料理の店「海山」。大将の山家孝介さんは、伝説の庖刃工芸士・坂下勝美さんが手がけた立派な和包丁を携えながら、熱い眼差しをみせる。親父とは、"マサさん"の名で知られる山家正明さん。素潜り漁が盛んな由良港で、50年以上のキャリアを誇る腕利きの素潜り漁師だ。「潜りは週4日、冬場は波が穏やかな日だけやな。1日4時間の漁やけど、2時間半もあればこんもり獲れますわ」。初夏に旬を迎えるムラサキウニや、夏の名物・赤ウニ、さらにワカメやアワビ、ナマコ、大振りのマダコなど、四季を通してあらゆる魚介を、ウェットスーツに水中眼鏡というシンプルな装備だけで捕獲する。
息子の孝介さんは、「由良の恵みを、ウチでしか味わえない一品に仕立てます」と、なおも語りは熱い。季節のおまかせコースは、鱧料理にて幕を開けた。鱧の卵や肝、浮袋(胃袋)などを玉子とじにしたその上に、湯引きの鱧を盛り付けて。一口大サイズながら、鱧を余すところなく味わう一品だ。
お造りにも、丁寧な手仕事が潜む。「イカった刺身はほとんど出しません」と孝介さん。素材の力を最大限に引き出すためのひと仕事が、孝介さんの真骨頂。いずれの地魚にも「セオリー通りではない」血抜きと脱水、熟成をほどこす。1週間寝かせた真鯛は、艶やかな身質としぶとい旨みが印象的。1.5kgサイズの丸々肥えたシマアジは、2週間熟成させているとは思えない、シャクッとした歯ざわりで、噛むほどに清新な脂の甘みが滲み出る。マサさんが仕留めた赤アワビは新鮮なものを。それら旬魚の造りは、飲んで食べるペースに合わせて1ネタずつテンポよく供してくれるのが嬉しい。
この店のスペシャリテ「アワビの肝焼き」は、マサさんが生み出した漁師料理。小鍋には、アワビの肝、地元の湧水、地元の合わせ味噌からなる肝ソースがグツグツ煮えたぎっている。アワビの切り身がこんもり入り、さらに。「女将と娘が今朝、獲ってきた布海苔(ふのり)も入れています」。アワビはシャクッと歯ざわり良く、布海苔はコリコリとした独特の食感。煮詰めるほどにコクが増す肝ソースと共に、山家ファミリーの馳走の心が、じんわりと染み渡る。 コースの終盤には、4種の酢を使いわけるシャリの握り、締めには魚介のエキスが凝縮した一口ラーメンが登場することも。「親父が命懸けで獲ってきてくれた魚介を、僕は心して料理するのみです」。この店には、洲本まで足を延ばすべき理由が、いくつもある。