ある夜のコースは「淡路島3年とらふぐのてっさ」で幕を開けた。ほどよく締った身は深い旨みを蓄え、白子ソースのコクがハーモニーを奏でる。その後も、焼き穴子の茶碗蒸しなど、地物を用いた一品が続き、期待感は高まるばかり。そして、目の前にスッと供された、店主・丹野昌也さんによる握りは、見惚れるくらい端正である。「今日の素材は、マグロ以外は地物です。なんでも揃うのが淡路島の魅力ですよ」と、笑みが弾ける。
淡路島・岩屋の漁師一家に生まれ育った丹野さん。家業を継ぐも、「鮨の世界へ憧れ」転身し、地元の名店「林屋鮓店」で13 年間キャリアを積んだ。曰く、「岩屋漁港には『林屋』の卸部門があり、魚介の仕入れは毎朝ここで」。“勝手知ったる間柄” なのだろう生簀で悠々と泳ぐ旬魚の目利きはもとより、神経締めも自らが行う。「淡路の魚は、鮮度の良さが身上。だから寝かすことなく、その日に使うことが多いです」。カワハギなら、縦に包丁を入れて、繊細な食感と甘みを際立たせる。「食感の妙を楽しんでいただきたい」というハリイカは、あえて包丁をあまり入れず、サクサクとした食感を生かす。合わせるシャリは「イカッた魚にも、ひと仕事したネタとも喧嘩しないように」と、新潟産コシヒカリに南あわじ「児島岩吉商店」のキッコー米酢と、赤酢をブレンドし、穏やかな酸味を際立たせている。マグロなど脂の多いネタには温度高めのシャリで。1貫ごとに温度にも気を配るなど、仕事が繊細なのは「僕自身、寿司が好きなだけです」。休日になれば、あらゆる料理ジャンルの食べ歩きに励み、新しい味を生み出すことにも果敢に挑むからだろう。
カウンターがメインの店内は、雄大な明石海峡大橋のライトアップを望む、圧巻のロケーション。「景色に惚れて、この場所を選んだんですよ」。丹野さんが織り成す技と味、この地ならではの借景もひっくるめ、寿司激戦区の界隈でも、確かな存在感を発揮している。