打ち寄せる波の音と小鳥のさえずりに誘われ、古民家を改装した店のなかへ。窓の向こうには穏やかな“淡路ブルー”。記憶の片隅にふと、似た風景を探してしまう。そう、イタリアの海沿いにある、小さな村へやってきたようなあの感覚…。
「イタリアに住んでいた頃に体感した“質素だけれど心は豊かな暮らし”が、肌に合っていました」と話すのは、エミリア=ロマーニャをはじめ北イタリアのレストランで経験を積んだ池田敬之シェフ。奥様・幸子さんとふたりして兵庫・芦屋川でオステリアを営んでいたが「イタリアの田舎みたいな場所を探し求め、辿り着いたのが淡路島です」。19年6月、山に囲まれ、海辺に面したこの地に移転を決めた。
敷地内に開墾した畑では、一年を通して100種近くの野菜やハーブ、フルーツなどを栽培。さらに、銃猟免許(第二種)を持つシェフは、マガモやキジバトといった野鳥獣を捕獲するハンターの顔も持つ。「豚と牛、魚、小麦粉以外の食材はほぼ、自給自足ですよ」と笑う。
ある日の夜のおまかせコース。前菜には、鰆のサラダ仕立てを。皮目を軽く炙った鰆は、じわっと脂の甘みが広がり、アマランサスをはじめ摘みたてマイクロリーフの鮮烈な香り、自家製カラスミの塩気がいいアクセントに。ほんのり広がる醤油のようなコクは…?「手作りの魚醤・コラトゥーラなんです。仮屋漁港に大量のイワシがやってきたことがあり、塩をして熟成させた5年物」と、イタリアの調味料にいたるまで、できる範囲で手作りを心がける。
メインには、シェフが仕留めた山鳩(キジ鳩)を。あえて熟成はさせず、フレッシュな状態のモモ肉や胸肉、レバーなどをグリル。赤ワインや干しイチジクの果実味を生かした艶やかなソースが、山鳩のあっさりとした肉質を引き立たせている。シェフ曰く「秘密の場所で」採ってきたという天然のキノコ「アカヤマドリ」の滋味が渾然に。
野菜は採れたて。野山を駆け巡り大空を舞うジビエは使う分だけ。地素材を慈しみ、精密な技をもって作り上げる。だからこそ、皿の中の要素は自然と絞り込まれ、主素材の存在感が際立つのだろう。